【海水魚の餌】 第7回:
冷凍餌加工に伴うリスクⅡ ― 酵素・栄養バランス・相性の問題

Published: 2026.02.22

前回の「冷凍餌加工に伴うリスクⅠ」では冷凍餌の加工時に起こるさまざまなリスクのうち
・家庭用冷凍庫の性能で起きる問題
・細菌による食中毒の危険性
・酸化による栄養の毒化
などについてお話をいたしました。

前回に続き、今回は酵素の暴走による栄養の劣化・栄養設計と相互作用のリスクなどを整理します。

今から約10年前、私は人工飼料中心の給餌から“生餌(冷凍餌)メイン”のスタイルへと切り替えました。いろいろと悩み、学び、納得したうえで、8年前からは現在の「CAS冷凍餌料中心」のスタイルに落ち着いています。
冷凍餌をメインフードとした給餌の十分な実績も積んだと感じており、その上で筆を執っています。

私が8年前に「自家製冷凍ハンバーグ」や「自作餌付け用練り餌」の使用を全面的に打ち切った理由こそが話題のメインになります。
いろいろ調べて学ぶうちに、自作することで起きるさまざまなリスクに気づいてしまったからです。

前回までの人工餌の限界や生餌のメリット・冷凍餌加工に伴うリスクⅠについて読んで頂いてから、こちらを読んで頂けると理解が進みやすいかと思いますのでぜひ。


5.酵素の暴走 ── 見えないところで起きているビタミン破壊

この章では、生餌に潜む“見えないリスク”──酵素による栄養破壊についてお話しします。

魚介類の体内には、さまざまな酵素が含まれていますが、保存中、生餌の品質に大きく影響する代表的な内在型酵素を2つご紹介します。


■タンパク質分解酵素

まずひとつめは、タンパク質分解酵素(自己分解酵素/内在型プロテアーゼ)です。

これは第3回「生餌のメリットⅠ」の中でも触れたように、生餌の消化を助けてくれる大事な酵素です。
ところが、魚に与える前の段階でこの自己分解(autolysis)が急激に進むと、細胞壁が壊され、筋肉中のタンパク質も分解されてしまい、水溶性栄養素の漏出(ドリップ)や風味の変化といった問題が起こります。
まさに“諸刃の剣”と言える存在です。

ですので、なるべく新鮮な状態の餌生物を給餌した方が栄養効率は良くなります。


■ビタミンB₁分解酵素

もうひとつ、特に厄介なのが「チアミナーゼ」という酵素です。

これはビタミンB₁(チアミン)を分解してしまう酵素で、餌に含まれるビタミンB₁の働きを失わせてしまいます。

ビタミンB₁が不足すると、神経系や筋肉に障害が起こり、心臓発作などで突然死するケースもあります。
いわゆる、人間でいうところの「脚気(かっけ)」ですね。(ドラマ『JIN -仁-』で江戸時代に流行していた病気、といえばピンと来る方も多いかもしれません)

チアミナーゼは、二枚貝の内臓や青魚・淡水魚などに含まれていることが分かっています。
アサリ、イワシ、キビナゴ・金魚などを餌に使う場合は、特に注意が必要です。(西宗ほか, 2001)(山田ほか, 2003)
水産業の世界でも、1900年代後半には青魚の給餌によって養殖魚にビタミンB₁欠乏症と思われる神経症状や大量斃死が起きた例が複数報告されています(西宗ほか, 2001)。

チアミナーゼの活性は、水揚げ後の自己分解や、刻む・練るといった加工工程によって、さらに高まることがあります。
そのため「アサリを刻んで人工飼料と混ぜて冷凍する練り餌」は、チアミナーゼ活性が高まる条件が揃っており、魚を脚気(ビタミンB₁欠乏症)にしてしまうリスクが十分考えられます。

こうした酵素の暴走を防ぐには、
新鮮な原料をなるべく加工せず、細胞を壊さないようにして、与えることが大切だと思います。また、チアミナーゼを含まない餌を交互に与えるなどの工夫も必要になってきます。

ですので、特に【それ「しか」食べない個体】は大きく影響を受ける可能性があります。

そもそもビタミンB₁(チアミン)は水溶性で非常に壊れやすい性質を持ち、加熱・光・酸化・pHの影響で簡単に分解されてしまいます。そのためチアミナーゼの有無に関わらず、補給や維持が難しいビタミンのひとつなのです。
なので封を開けて時間が経ったアクア用のビタミン剤などを添加しても、“イマイチ有効なのか分からない”という側面があります。

【私が自家製ハンバーグや冷凍練り餌を打ち切った理由その4】
これを知らなければ、危うく魚を脚気にしてしまうところでした。
知ってしまった以上、私はもう続けるわけにはいかない──そう思って使用をやめました。


6.切り身・むき身だけじゃ足りない──捨てられる部分に栄養がある

「刻んだり混ぜたりしなきゃいいんだ!!」
「じゃ切り身をそのまま与えたら良いね。」と思われるかもしれませんが、これがまた、もうひとつ落とし穴になります。

人の可食部(切り身・むき身)は殆どが魚介類の筋肉の部分になります。
良質なたんぱく源としては素晴らしいのですが
魚の健康な身体を作り、生きていくために必要なさまざまな栄養素は、
実は「餌生物の頭部・骨・内臓・外皮」といった部位に集中的に含まれるものもあることがわかっています。
参考:水産研究・教育機構「食品成分機能面からの検討」


■骨・皮・内臓・殻に多く含まれる栄養成分

・EPA・DHA:筋肉よりも内臓や皮、骨に多い
・ビタミンD・A:骨・皮・内臓に豊富
・コラーゲン:皮に特に多い(筋肉の20倍!)
・カルシウム・リン・マグネシウム:骨や殻に集中
・鉄分・亜鉛:内臓に多い
・キチン質(動物性食物繊維):甲殻類の殻に集中

更に、頭部には多様な栄養素が集中して存在しています。

つまり切り身・むき身だけでは栄養バランスが悪く、カルシウムや鉄分といった栄養素が不足する可能性が大きくなります。もちろん切り身・むき身だけで冷凍ハンバーグを作っていても同様の問題が起きるでしょう。

この問題を避けるためにおすすめなのが、
「一物全体食」の考え方

つまり全身まるごと餌生物を与えることで、自然界と同じように“丸ごと摂取”が可能になり、栄養バランスを崩さずに済みます。
(例えば、サクラエビ、オキアミ、イサザアミ、ヨコエビ、シラス、コペポーダなど)
また、口の小さな魚には『魚卵』の活用もおすすめです。仔魚1匹が形成されるために必要な栄養素のすべてと、孵化直後のエネルギー源が、あらかじめバランスよく含まれているからです。


プランクトンの多様性をイメージしたイラスト

更に、エビ・小魚・イカなどを与える場合でも
殻や皮や骨はそのまま取り除かずに与える方が栄養価は高いです。
海水魚の多くの種がそれらを消化する能力を持っていますので、
安心して与える事が出来ます。

【私が自家製ハンバーグや冷凍練り餌を打ち切った理由その5】
自家製ハンバーグは「人の食材」で作るため、どうしても人の可食部(筋肉部分)ばかりが材料になりがちです。その結果、栄養が偏り、健全な育成は難しいと判断し、私は使用を打ち切りました。


7.混ぜるほど危険?──栄養素同士の“相性”

この章は、冷凍餌のリスクとして挙げるのはちょっと不適切かもしれないと思いましたが、
大事な事なので、リスクのひとつとして最後に追記させて頂きたいと思います。

人の世界でも「食べ合わせが悪い」「薬の飲み合わせに注意」といった言葉を耳にすることがあります。
これは、栄養素や成分同士が化学的に反応して変質してしまったり、拮抗しあったり、することによって、本来得られるはずだったものが吸収出来なかったり、効果が失われたり、時には有害になることすらある──という考え方です。


■代表的な相性の悪い食べ合わせの例

1.鉄+リン → リン酸鉄の形成
 → 腸内で難溶性のリン酸鉄を形成し、鉄の吸収率が著しく低下します。
サケ科魚類で腸内でリン酸鉄を形成し、吸収阻害が起こり、貧血を引き起こすメカニズムが報告されています(Sugiura et al. ,1998)
2.カルシウム+鉄 → 吸収競合
 → 吸収部位が同じため、互いの吸収を妨げあうことが知られています。(特にカルシウムが優先され、鉄が後回しになります)(Hallberg et al., 1991)
3.銅・鉄+ビタミンC → 酸化促進
 人間の栄養学では、ビタミンCが鉄の吸収を助ける働きがあることがよく知られています。これは、ビタミンCが酸化型の鉄(Fe³⁺)を、吸収されやすい還元型(Fe²⁺)に変えることで起こる反応です。(Buettner & Jurkiewicz, 1996)つまり、鉄の吸収を助けるという「良いこと」は、ビタミンCが自ら酸化されて壊れるという現象と、常に表裏一体という事です。

薬をお茶で飲まないようにと注意書きがあるのも、お茶に含まれるタンニンやカフェインが薬の吸収や作用に影響を与えることがあるためです。
(横浜薬科大学:薬をお茶で飲むのはだめ?)

一方で近年、人の健康管理におけるサプリメントや栄養ドリンクのように、「足りない栄養素は補えばよい」という感覚が浸透し、
その結果、アクアリウムでも足りない栄養素を補う目的で、市販のアクア用各種栄養剤などを餌に加える発想が浸透してきました。

このような努力は魚の健康を思っての“プラスの行動”のはずですが──
しかし「たくさん・複数入れる=良いこと」なわけではないことを、ここでいったん立ち止まって考えてみないといけない場合があります。


■混ぜた結果起こりうるリスク

化学反応(壊れる)
拮抗反応(吸収されない)
過剰摂取(量が多過ぎて毒になる)
などが考えられます。


■混合や吸収阻害で起こりうる欠乏症の例:

・鉄分が不足しておこる成長不良や貧血、
・ビタミンC不足による骨格異常(脊柱湾曲や頭部変形)・出血・眼球損傷
などの深刻な症状が出ることがあります。(「養殖の餌と水」恒星社厚生閣)


■成分が重複するために起こる過剰症の例:

・脂溶性ビタミンは体内に蓄積しやすく、過剰になると毒性が出ることもあります。
・金属類の過剰も酸化ストレスや肝臓負荷のリスクを高めます。(NRC 2011)
これらは決して大げさな話ではなく、場合によっては魚の命に関わることもあります。

ここに挙げたのは一例にすぎません。
複数の添加剤を組み合わせれば組み合わせるほど、化学反応による変質の可能性は跳ね上がり、成分が重複することで過剰症の危険も高まってしまいます。

しかし市販のアクア用の栄養剤・添加剤は配合成分の詳細や配合量は表記されていない事が一般的で事前に綿密に調べる事も出来ません。

ですので、自家製の冷凍ハンバーグや練り餌を作成する場合にも、栄養剤・添加剤を「いろいろ添加すればプラスになる」と考えてしまうのは、実際には予想もしないリスクを抱えてしまう場合があります。

(※これは生餌だけでなく、人工飼料にむやみに複数の栄養剤を添加する時にも起こりえるリスクでもあります)

適量も分からず当て推量で添加してしまっているのが現実ではないでしょうか?
“混ぜることのリスクを自分で引き受けられるか?”という自己責任が発生してしまうのです。

【私が自家製ハンバーグや冷凍練り餌を打ち切った理由その6】
私も足せばプラスになると思っていた時期がありました。
しかし魚の栄養学を学ぶ過程で様々な成分の相性がある事や過剰症の怖さを知り、リスクを自分では負えきれないと打ち切りました。
現在はアクア用のビタミン剤・ミネラル剤・アミノ酸・免疫強化剤なども一切使っていません。


8.リスクを引き受ける覚悟

以上思いつくまま挙げてきましたが

「魚にそんなに神経質になる必要ある?」
「魚は下等だからちょっと傷んでる餌くらい平気でしょ?」
みたいな空気もあります。。。

でも私は全く逆だと思っています。
小さい身体の魚たちはとても繊細でちょっとした事が大きなリスクになると思っています。現に些細なことであっさり死んでしまう──そんな経験、きっと多くの方がされていると思います。
ですので、飼い主の餌の取り扱いによるリスクもなるべく知っておき、死亡リスクを減らすためにはこれくらいの気遣いは必要ではないかと思います。

つまり長期飼育を達成するためには「どんな小さなリスクもひとつずつ排除」していく地味な作業の積み重ねの部分もあると思うのです。

しかし、この回を振り返ると──
自家製冷凍ハンバーグ・冷凍練り餌の使用を打ち切った理由】
細菌は死なず、脂質は酸化、ビタミンは破壊、冷凍や酵素で細胞は壊れ、栄養はドリップとして流出…さらに栄養バランスも不明。

そう、手作りすることで起こる
リスクが非常に高い事が分かります。
生餌の数々のメリットが霞んでしまう勢いです。

※特に【それ「しか」食べない個体】は大きく影響を受ける可能性があります。

”人の浅知恵”で完璧なものは簡単には作れないというのが現実でしょう。
作る場合は本当に自己責任重大です。

念のため繰り返しますが、生餌そのものが悪いわけではなく、自宅で作る“手作り冷凍餌”が管理・衛生・栄養設計の面で大きなリスクを伴うため、私は作るのをやめたという話です。

※ちなみに蛇足ですが、「人工飼料」も開封後に空気に触れたり・湿気を含んだりすることで同様に酸化・変性・分解などの劣化が起きると言われています。開封後はなるべく早く使いましょう。


これらは、
実は特別なことではなく、人の生鮮食料の冷凍品を扱う上ではほぼ常識レベルの知識です。
人の栄養学・調理学・食品衛生学の分野では基本事項として扱われています。
人の冷凍食品では、繰り返し注意喚起されている内容でもあります。


次回はこれらの冷凍餌加工に伴うリスクを回避するための
「安全な冷凍餌の選び方」と「正しい冷凍餌の取扱方法」などについてまとめていく予定です。



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