【海水魚の生理】第4回:
海水魚の浸透圧調整について ―高度な体内テクノロジー
Published: 2026.05.14
さて先日アップした【海水魚の病気】なぜ誤診が繰り返されるのか?で
海水魚は高等な脊椎動物であり、複雑な臓器・神経系・内分泌系を有し、その働きはほぼ人と同じというお話をしました。
一方で生息地が塩分濃度の濃い海水の環境ゆえの特異な機能も兼ね備えています。
今回はそんな海水魚(硬骨魚類)が特有に持つ、優れた特殊技能である浸透圧調整についてお話したいと思います。
アクアリウムにおいても海水魚の長期飼育を目指す上で
この海水魚の浸透圧調整機能を正しく理解して飼育する事が大事だと私は考えています。
一方で、その機能の複雑さゆえにマリンアクアリウムにおいて誤解も多く、
ネット上には、様々な都市伝説が存在する分野でもあります。
今回はそれらも織り交ぜながら深堀りしていきたいと思います。
1.浸透圧とは?
そもそも浸透圧とはなんでしょうか?
中学3年生で習った内容でおさらいをしてみましょう。
簡単に言うと、半透膜を挟んで濃度の異なる溶液がある際、濃度を均一にしようと薄い方から濃い方へ水(溶媒)が移動する力のこと。
この時、水の移動を止めるために必要となる圧力を「浸透圧」と呼びます。
そして生き物は様々な場面でこの浸透圧を調整する必要にせまられています。
浸透圧調節(Osmoregulation)とは、生物が体内の水分量と電解質(塩分など)の濃度を一定に保つために、能動的に体液の浸透圧を管理する生理作用の事を指します。
陸上に住む私たち人やその他の生き物も体内では、この浸透圧の調整が行われています。
濃度の異なる体液などが接する、細胞膜・腸・腎臓・血管・赤血球など、体内の様々な場所で機能しています。
ところが身体の外は大気ですので、常に外界の水と接し続けている訳ではありません。そのため、水中生物ほど強い対外的な浸透圧調整を必要としません。
一方、液体である水の中に住んでいる生き物たちにとっては対外的な浸透圧調整は欠かせない機能となります。
水中の生き物たちはそれぞれの戦略でこの圧力に対抗してきました。
そして、淡水域の生き物と海の生き物では、
この浸透圧との戦い方がまったく逆になりますが
このコラムでは海水に絞ってお話していきます。
2.海の生き物たちのそれぞれの浸透圧調整戦略
まず海の生き物がどのように塩分濃度の高い海で浸透圧を調整しているか見ていきましょう。
生物の種類によって、その戦略は大きく異なります。
ざっくり分けて挙げてみました。
■ 無脊椎動物――変浸透圧性
・サンゴ、イソギンチャク・クラゲなど(刺胞動物)
・カニ、エビ、オキアミなど(甲殻類)
・貝、ウミウシ、イカ・タコ・ゴカイなど(軟体動物)
彼らの多くは体内を海水とほぼ同じ浸透圧に調整することで、 外界への水分の漏出を防いでいます。外が濃ければ自分も濃くする。いわば「周りに馴染む」ことで、浸透圧の差によるストレスを無くしているわけです。
体液側は主に塩分、細胞内では遊離アミノ酸(タウリン、グリシン、アラニンなど)の有機浸透圧物質を高濃度に保つことで調整を行っています。
私たちが食用にする、エビ・カニ・貝・タコ・イカなどに強い旨味があって美味しく感じるのは、彼らが海で生き抜くために必死に蓄積した、このアミノ酸に由来するんですよね。
■ 軟骨魚類――浸透圧順応・イオン調節型
・サメ、エイなど(軟骨魚類)
彼らは脊椎動物でありながら、「外に合わせる」という、無脊椎動物に近い賢い戦略をとっています。
体内に高濃度の尿素を蓄積することで、あえて海水に近い浸透圧へ近づけています。
ただし尿素は本来、細胞にとって有害な物質でもあるため、軟骨魚類はTMAO(トリメチルアミンオキシド)などを利用して、その毒性を打ち消しています。
サメやエイのエラには、硬骨魚類のような塩類細胞はほとんど発達しておらず、塩分の排出は主に直腸腺で行われています。
一方、腎臓は尿素を体内に再吸収して保持する役割が強く、尿はほぼ体液と同じ濃度(等張尿)でしか排出できません。
軟骨魚類を飼育する際に、飼育水の比重管理に注意が必要とされるのは、この浸透圧調整機構に由来します。
ちなみに、サメやエイの肉が独特のアンモニア臭を持つのは、この「尿素」が分解されるためです。そのため、食用にする際には、水にさらしてアンモニアを抜いたり、濃い味付けの煮付けや唐揚げにして臭いを抑える工夫がなされます。
一方で、この尿素のおかげで腐敗が遅れるため、昔から山間部では貴重な海の幸として重宝されてきた歴史もあります。
■ 哺乳類――恒浸透圧性動物・節水型
・イルカ・クジラ・アザラシなど(海獣類)
哺乳類である彼らの体液の塩分濃度は陸上動物と同様に約0.9%程度です。自らの体液の3倍以上の海水が体内に入らないように、なるべく海水を飲まないという戦略をとっています。
水分補給の源は、主に餌から約70%の水分を摂取しています 。
足りない分は、体内の脂肪などを燃焼させた時に出る「代謝水」で補います。
そして、分厚い皮膚と脂肪層によって、体表から水分が逃げるのを物理的に防いでいます。
さらに、腎臓で非常に濃い尿を作ることで、余分な塩分などを体外に出し、体内の貴重な水分を外に極力出さないよう、高度な節水システム を構築しています。
近年の研究では、イルカは全身の細胞に特殊な水チャネル(アクアポリン)を持っていて、細胞レベルで水の出入りを精密にコントロールし、高い塩分負荷に耐えていることも分かってきました 。
3.海水魚(硬骨魚類)の浸透圧戦略
さて、いよいよ私たちマリンアクアリストの多くが飼育している
海産硬骨魚類たち(スズキ目・フグ目・ウナギ目など)の極めて高度で巧妙な浸透圧調整の話に入っていきます。
以下「海水魚」の表記で統一いたします。
海水魚の体液の塩分濃度は多くの脊椎動物同様で約0.9%前後です。
それに対して海水は約3.5%。
周囲の海水に対して、体液を約3分の1の濃度(低張)に保ち続けるという、
いわば「物理法則に逆らう」生き方を海水魚は選びました。
何もしなければ、水分は体表やエラから容赦なく漏出し、外界から塩分が受動的に侵入し続けてるため、「干物」になってしまう……。
近年の知見に基づく物質収支計算によれば、海水魚がエラや体表から漏出する水分量は人間(60kg)に換算すると10~15ℓにのぼり、
『受動的に取り込んでしまう塩分』と『飲水による塩分』の合計は1kgを超えるほど体になだれ込んでいる計算になります(宮西宏幸氏講義資料など)。
これはヒトの致死量をはるかに超える量です。
そこで、海水魚たちは大量の海水を毎日飲み続けて、過剰な塩分を捨て続けるという浸透圧調整戦略をとっています。
飲む海水の量は体重の数%に相当し、人間(60kg)に換算すると、失う水分とほぼ同等の10~15ℓもの海水を飲んでいる計算になります(宮西宏幸氏講義資料など)。
それではその飲んだ海水から脱塩に至る仕組みをもう少し詳しく見て行きましょう。
まず、 口から入った海水の塩分を、食道上皮にあるイオン輸送細胞が能動輸送でいきなり回収し始めます 。ここで約30〜50%もの塩分が除去されます(Parmelee & Renfro, 1983; Takei et al., 2017など)。
食道で塩分を薄めた後、腸でさらに残りの約50〜70%の塩分を排出しつつ、浸透圧を利用して水分だけを効率よく吸収していきます 。
食道や腸で回収された余分な塩分は、血流に乗って速やかに最終出口であるエラへと運ばれます 。
エラに運ばれた塩分は塩類細胞によって選択的・能動的に体外へ排出されます。
エラの塩類細胞が塩分排出の主な役割を担っていますので、
腎臓ではミネラル類などの微調整を行い、老廃物と共に、体液とほぼ等張のごく少量の尿として排出する仕組みになっています。
この浸透圧調整にはATPを大量に消費し、膨大なエネルギーを消耗する事も知られています。
食道・腸・エラなどでイオンを能動輸送するためにNa⁺/K⁺-ATPaseがフル稼働するため、全体の基礎代謝(標準代謝量)の数%〜10%程度がこの調整に使われるという研究結果もあります(Little et al., 2023 など)。
無脊椎動物や軟骨魚類が省エネ仕様とすると海水魚は高エネ仕様といえるかも知れません。
海水魚が他の海洋生物とは一線を画す、高度で巧妙な浸透圧調整の一端を垣間見て頂けたかと思います。
4.都市伝説検証
前章で述べたとおり、海水魚の浸透圧調整やそれに伴う水分補給は、
特殊で超人的な仕組みであるがゆえに、
ネット上には様々な誤解や都市伝説が存在します。
前章までの内容を踏まえて、よく見かけるものを検証してみましょう。
①自然界の海水魚は餌から塩分を含まない水を摂取している。
(私が見聞きしたのは食べてもしょっぱくないから真水だとの主張です)
そもそも、体液が真水の生き物は存在できません。
単細胞の細菌から私たち人間に至るまで、生物が生きるためには塩類(電解質)は必ず必要です。
私たちの食材にもなっている
主な餌生物の塩分濃度を実際に見てみましょう。
アサリ 約2.0%
カキ 約1.2%
ホタルイカ 約1.2%
小エビ 約1.3%
オキアミ 約1.1%
生シラス 約1.0〜1.2%
参考:文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」
ラーメン・うどんの塩分濃度が約1.5%程度な事を考えると
真水どころかそこそこの塩分濃度です。
イルカなどの海獣類が餌から水分を摂っている話(これも真水ではありませんが)と混同されてる可能性もあります。
②冷凍餌は水分が多いので浸透圧調整が楽になる。
冷凍餌の水分がどこまで影響があるのか冷静に数字で見てみましょう。
第3章で述べたように、海水魚が飲んだ海水は食道を通過する時点で30~50%もの脱塩が始まっており、胃に到達するころには塩分濃度は約1.75~2.45%程度まで薄まっています。
一方、①で述べたように餌生物の塩分含有量は約1.1~2.0%程度です。
つまり、胃に届く段階では両者の塩分濃度に大きな差はなく、餌の方がやや薄い程度に過ぎません。
さらに、餌は消化酵素によって加水分解されながら消化・吸収されます。
つまり、餌そのものを消化するためにも水が必要になります。
しかも海水魚は、一日24時間大量の海水を飲み続けています。
そのような生物にとって、1日数回、数グラムの餌に含まれる水分量だけで浸透圧調整が楽になるというのは、物質収支の計算が合わないのです。
冷凍餌メインに切り替えることで魚の調子が良くなるのは、私の経験上でも間違いありません。
ただし、それは冷凍餌に含まれる「水分」が理由ではなく、冷凍餌(生餌・活き餌を含む)が持つ、人工餌だけでは補いきれない栄養素や、高い嗜好性・消化性・食性適合性などによる影響が大きいと私は考えています。
詳しくは【海水魚の餌】シリーズで解説しています。
前章のメカニズムを考えると、浸透圧調整を楽にしてあげたいのならむしろ、飼育水の比重(塩分濃度)を下げてあげる方が理にかなっていると思います。
養殖魚の陸上養殖でも、低塩分域で浸透圧調整のエネルギー消費が抑えられ成長が良くなるという報告が複数あります(Bœuf & Payan, 2001など)。
一方で下げ過ぎると生理機能への悪影響や免疫低下などの弊害も懸念されるため(Sun et al., 2023など)、適度な管理が重要だと思います。
我が家では、そういった観点から魚水槽を1.021~1.022程度(塩分濃度2.7~2.9%)とやや低めに管理しています。
天然海水の比重約1.025(塩分濃度約3.5%)に比べて、海水魚が行う浸透圧調整の負荷軽減につながる可能性があると考えているからです。
※ サンゴのいる水槽では比重は下げないでください。
③海水魚はエラから水分を吸収している。
海水魚の場合はむしろエラから水分が漏出してしまっています。
エラの塩類細胞は塩分を積極的に排出する役割を担っていますが、水分を吸収する機能はありません。
逆に淡水魚は体内の方が浸透圧が高いため、エラなどから水分が受動的にどんどん入ってきてしまいます。淡水魚の塩類細胞は、逆に環境水からなけなしの塩分をせっせと吸収するように働いています。
このように、海水魚と淡水魚ではエラの塩類細胞の働きが完全に逆になっているため、仕組みを混同してしまってるケースが多いのかも知れません。
④海水魚はミネラル不足になりやすい。
これも実際はほぼ逆です。
海水魚は1日あたり体重の数%もの海水をガブガブ飲んでいます。
海水にはナトリウムをはじめとする多様なミネラルが豊富に含まれているため、飲水を通じて十分な量を自然に摂取していると言われています。
(安定同位体分析などの研究でも、海水由来のミネラルが体内に取り込まれていることが確認されています。)
むしろ過剰な塩分を排出する仕組みを持っているくらいなので、通常の飼育下でミネラル不足になることはほとんどありません。
淡水魚は環境水の塩分が極端に少ないため、塩類細胞を使って必死にミネラルを吸収しないといけません。これらを混同している可能性があります。
今回は何故、このような都市伝説に言及したかというと、
中には「餌に吹きかけて水分補給に最適」と謳う液体添加剤や、「ミネラル添加剤を餌に含ませると良い」といった、海水魚の浸透圧調整や水分補給に対する誤った認識をベースにした、悪質な商品まで存在するからです。
生理学的な仕組みを理解した上で、情報や商品を冷静に判断する視点が大切だと思います。
もし餌に水分を含ませることで浸透圧調整が楽になるのであれば、養殖魚の世界でも給餌の際に水分を含ませてから与えるようにというハンドブックがとっくに存在してもおかしくありませんが、私が調べた限り見つかりませんでした。
5.まとめ
海水魚の浸透圧調節は、他の生物では見られない特異なシステムで成り立っています。
それゆえにこの機構は、養殖業での成長効率向上、魚病研究、環境変動への適応、さらには人の医学分野への応用など、非常に幅広い分野で活発に研究されています。生理学の中でも特に注目度の高いテーマの一つです。
世界中の頭脳が何十年もかけて、電子顕微鏡や遺伝子解析、安定同位体分析などを駆使して「海水魚がいかにして海で生きているか」を突き詰めてきました。
イオンポンプの1個1個の動きから、ホルモンが指令を出す1000分の1秒のドラマまで、膨大な論文が積み重ねられています。
そして今回この記事で触れた内容も、私がちょっと覗いてみた海水魚の生理の一部で、その膨大な知見の中のほんの入口に過ぎないと思います。
海水魚の浸透圧調整というテーマは、それほどまでに奥深く、複雑な生命現象であり
要するに、ショップやアクアリストが思いつきそうな基礎的な部分については、とっくに解明済みという理解で良いかと思います。
海水魚が海で生きるための仕組みは、想像や思いつきで語れるほど単純なものではないと改めて思います。
そこには世界中の研究者が挑み続けてきた、緻密で美しい生命のロジックが既に存在しています。
私たちアクアリストに必要なのは、新しい『迷信』を作ることではなく、
解明された『真実』を真摯に受け止め、
日々の管理に活かすリテラシーを持つことではないでしょうか。
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